4章 唐突の帰還
8月15日(金)
起きたら、まずは窓から外を見る。曇ってる。まだ雨は降っていない。しかし、間違いなく降ってくる様子の空である。やっぱダメか。天気予報を確認したら、しかし、曇りのち雨なんで、途中まではなんとかかなるかも知れん。とりあえず、降ってないうちにバイクに荷物を積みたいな。このホテルは駐車場が屋内なんだが、そこまで行くのは外を歩いていかないかんので、雨だとずぶ濡れになるのである。昨日みたいになるのはゴメンである。朝食の時間まで、荷物をまとめて、混雑するらしいので、少し早めに朝食会場に行った。そしたらすでに会場前には人だかりができていた。マジかよ、これみんな朝食待ちかよ。みんなはやいねえ、もっと遅くまで寝とればいいのに。このあまりの人だかりにスタッフがビビったのか、時間より早めに会場が開放された。同時に怒濤の如く流れ込む朝食客、まるで飢餓難民の食糧配給状態。ビジネスホテルチェーンの朝食といえば、当然バイキングなのであります。順番に並んで好きなものを取るあのやり方なのだが、当然、あれもこれもとなってごった煮の皿盛りになるんだが、それ故に、並びの進が遅いのである。トレイを持って、その遅々と進まぬ並びに並んでひたすら待つわけですよ。そして、ようやく料理のところまで来たら、前の客が、全品盛りの客で、時間かかる時間かかる、あんたそんなに食えるの? と言いたくなるくらいの盛りなんであった。そんな客の次に、ようやく順番が回ってきて、まあ、旅慣れたライダーはバイキングのチョイスも洗練されてるワケよ。まず、全体を見渡して何があるか、ざっと把握して、和食テイストのメニューを考えるんだよ。で、肉、魚、玉子、野菜料理と代表的なものを選んで、その品をたくさん盛る。皿に盛るのは多くて4品ですよ。彩りも考えて盛るのです。そしてみそ汁、ご飯は当然大盛りなのです。何度もお代わりにいくのがメンドーです。そして速攻で着席、それからお茶飲み物を手配すればよし。用意できたらさっさと食うべし。脇目も振らずに食うべし。ここはビジネスホテルなのだ。ビジネスのいわば戦場である。ゆっくり味わって食ってる場合じゃないのである。そういうのは、温泉観光旅館でやってくれ。食事時間は10分だ。さっさと食って、混雑してるから次の客に席を譲る。それが戦場のマナーである。
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食ったら、雨が降ってないうちに荷物だけ積もうと思って部屋に戻ったら、雨が降り始めていた。しまった。やられた。これでは荷物を運べない。くそ、仕方がない、止むまで待機するしかない。天気予報を見ながら、止むのを待つのであった。おかしいな、今日の天気は曇りのち雨だから、朝から降るはずないんだが、なんせ天気予報だからな。最近の天候は、まったく読めない、天気予報も朝の情報番組の星占い程度の信憑性がないってことで、要するに、全然信用できんっちゅうことだわな。
しかし、しばらく辛抱強く待ったら、何とか止んでくれた。今がチャンスだ。いそいで荷物を持ってフロントに降りると、チェックアウトの手続きを済ませて、屋内駐車場に屋外を通って移動する。すでに昨日のトリッカーのライダーは出撃した後だった。荷物を積んで、カッパを着用、今降ってなくても必ず降ると思うので、完全雨天装備で屋内駐車場から出発する。そして、昨日の漆の店に向かった。営業していてくれー必死の願いが伝わったのか、シャッターが開いたばかりで、お店の人が店内の掃除をしてた。そこを強襲上陸し、一気に陥落を図ったのであった。そして、昨日、目を付けておいた品物を速攻で選択すると、速攻でゲットし、速攻で撤収しようとしたら、お店の人がいろいろ話をして、昨日は天気は悪かったから早く閉めちゃったのよーどちららいらしたのーあらまーうちのこもバイクに乗ってるのよーこんな雨だとたいへんねーぶつかって死ぬ人も多いわよねー、おい意外にエグいことを言うなこのババア。
買い物を済ませたら、松江を脱出する。今思えば、ここでこのお土産を買っておけたのはラッキーだった。この後、雨はどんどん激しく降り出して、まさしく、タライのそこをぶち抜いた大雨状態になっていったのだった。視界は遮られ、叩き付ける大粒の雨が痛いくらいで、道路の水たまりの跳ね返りも凄まじく、また、対向車のかきあげる雨水も飛び散り、まるで全面自動食器洗機であった。さすがのクシタニが誇るKWPにも限界がきていた。ブーツに浸水警報が発令、ここは、いったん避難をした方がいい。どこか、屋根のあるところへ避難しよう。そこで見つけたのが1階が駐車場、2階が店舗のファミレスだ。あそこにあるあそこに入ろう、おそらくもう営業してるから、最悪、小ぶりになるまで中で待つ選択肢もあるぞ。しかし、お店はファミリーステーキレストランであった。マジか。いや、いくらなんでもステーキは無理でしょう。まだ食えん。朝の大盛りご飯がお中に入ってるから、食えん。ダメだ、この作戦は失敗だ。苦渋の思いでスルーしたのであった。そして、それからはもう、避難できるようなところは皆無であった。あとは、ただひたすらに、ザーザー降りの中を走り続けるのであった。
ザーザー。
走る走る。
ザーザー。
走る走る。
地図も見れんので、勘と度胸とアテにならぬ脳内ナビと幹線上の案内表示だけを頼りに、苦行のような走行が続くのであった。
ザーザー。
走って走って。
ザーザーザーザー。
ズザザザー。
走った走った。
しかし、千里の道も一歩から、少しでも進めば、いつかは目的地にたどり着くのであった。そう、ついに、目的地の三朝温泉に到達したのであった。途中の予定していた。水木しげるも名探偵コナンも蒜山高原も日帰り温泉オーシャンズも、すべてスルーしてきたから、お昼前に着いちゃった。しかし、もういい。チェックインはできないだろうが、ホールで待たされもらうことくらいできるだろう。今はもう、この雨から逃げ出したい。宿はしっかり記憶してた。場所もすっかり記憶してた。故に、迷わずたどり着いた。よし、不幸中の幸いである。この期に及んで、こういうところで道に迷うと、バイクを立ちごけする危険性があるからな。ホッとして、宿の前にバイクを止めたら、宿から係員さんが出てきた。名前を告げると、台帳をチェックして、そして怪訝そうな顔。ええっと、keiichi_wさんですよね。そうです。予約は入っておりませんが、宿をお間違えではありませんか? いやそんなことはないです。ここはアレですよね、こんな温泉があってこんなんであんなんですよね、とネットの公式サイトで得た情報を披露すると、それは確かにウチです。しかし、予約は入ってないんですよ。なんだと? おかしい、そんなはずはない。しかし、予約は入ってないので泊まることはできませんね。お帰りください。そんなはずはないちゃんと調べてくれよ、ちゃんと予約したよ、食い下がるのだが相手は見下すような目で言うのであった。いえ、無理です。だいたいですね、おたくのような汚らしいヘンタイライダーを泊めるわけにはいかんのですよ、ウチは由緒正しい、開湯850年の伝統ある温泉の名誉に関わることになりますから、あきらめてさっさと帰ってください、シッシッ。ガーン、何ということだ。台風直撃で延期、連日の雨、すべての予定のスルー、そして最後は宿アポなしかよ。クソッタレなツーリングを締めくくるにふさわしいクソッタレな事態だな。チクショウ、ここで美女と混浴するはずだったのに、ここの温泉の混浴でひとり旅の美女とムフフになるはずだったのに。30過ぎの色香漂う色白で髪の長いスタイル抜群の最近離婚して人生にちょっと疲れちゃって旅に出て新しい自分を見つけるのよなんて思ってる美女と混浴でムフフになるカンペキな作戦だったのに、それもパアだよ。
しかし、そのときちょっと閃いた。いや、これはもう帰った方が良いってことかも知れん。明日もどうせ雨だ。ここ三朝温泉に泊まっても、今夜のイベントはすべて中止で、投入堂も登山できないだろう。となれば、ここに留まる意味はない。
よし、帰ろう。
そうと決まれば再びエンジン始動、HONDAの魂が目覚める。速攻で三朝温泉を脱出した。ちなみに、実際の三朝温泉の宿の方はたいへん親切な対応でしたので、ここに併記しておきます。とりあえず、今日帰るならガソリンを入れよう。小雨になったタイミングを見逃さず、昭和シェル石油でガソリン満タンにして、続いてコンビニでおにぎり2個とお茶を買って人間の方のチャージもする。食ってる間に小雨が土砂降りになってきて、慌てて食ってカッパを着た。くそーまんじりともできん。油断ならん。
食ったら出発だ。ルートだが、当初、予定していた湯原温泉経由の中国自動車道を使わず、このまま国道9号線を走って福知山で若狭舞鶴自動車道に入ることにした。その方が近いような気がするからな。有料道路の料金も安いだろう。ということで、そこからはひたすら国道9号線を走る。雨は再び激しく降り出したかと思えば、小雨になって、そして再び激しく降り、またしても小雨になる、その繰り返しだった。そんな気まぐれな天候なした、カッパのびしょ濡れライダーはひたすら走る。
ザーザーザー。
走る。
ザーザーザー。
走る。
ザーザーザー。
走る。
ザーザーザー。
走る。
初期の計画で入湯予定だった温泉群、岩井温泉や湯村温泉のほか、初耳な温泉が現れては背後に流れて消える。温泉マニアとしては実に悲しい道のりであった。
ザーザーザー。
走る。
ザーザーザー。
走る。
ザーザーザー。
走る。
途中、小雨になったのでコンビニに入って休憩してたら、同じCB1300に乗ってる家族連れの方に声をかけられ、またまた、腹ごなしの玉子パンを食ってたら土砂降りになってきて、慌ててカッパを着て出発した。しかし、長い道のりの9号線、思ったほど流れは良くなくて、っていうか、渋滞ばっかりだったよクソ。道の選択を誤ったな。しかし、今さらどうしようもない。そもそも、お盆時期の一番移動が多い日に移動しようってんだから仕方ない。ようやく福知山までやて来て、最後の給油をしたガソリンスタンドで話を聞いたら、実際、普段の9号線はこんなに渋滞しないそうです。
福知山インターまでやってきた。若狭舞鶴自動車道に入る。入ったら、またしても雨の中、雨が小雨になったり激しい降りになったり変化する中、ひたすら走るのであった。しかし、この若狭舞鶴自動車道、一応制限速度が70キロなんですけど、みんなスゲー、高速道路以上のスピードで走ってくんだよ。追越し車線がない時は、後ろから煽られてかなわんな。しかし、渋滞もなく、敦賀まで戻ってきて、北陸道に乗り換えた。そこから渋滞が多少あったが、車が停止することもなく、50キロくらいで進んでくれたので、意外に早く、想定していた時間より早く、春日井インターに戻って来れた。
そして、ようやく雨が止んだ我が家に戻ってきた。
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帰ってきたよ。
全身ズブ濡れだよ。
オレ、何しに行ったんだ?