opening 9月中旬および10月2日(日)から3日(月)

会社を辞めて北海道に行く。

ツーリングライダーにとって、ひとつのあこがれである。

であるが、なかなか実行に移せるライダーは少ない。北海道ツーリングと会社を辞めるというリスクを天秤にかけて、どっちをとるか? と考えたとき、やはりリスクが大きすぎるのである。

のであるが、人生はかりで計ったようにいくものでもないのである。

のであるからして、まさか自分がこの歳で、実行する事になるとは思わなかった。

9月中旬に、紆余曲折を経て、会社を辞める事になった。その時、最初に頭に浮かんだ事が、実に不謹慎な事だが、[NATURALY3]の実行だった。北海道ツーリングプロジェクトである1990年[NATURALY]1996年[NATURALY2]に続いて、8年ぶり、2004年に実行する予定だったが、PowerBookG4を買ってしまったので資金不足で断念した。それがいま、実現可能だ。このチャンスを逃しては、北海道が再び遠くなってしまう。こうして、封印された[NATURALY3]Projectがわずか1年で再度、動き始めたのである。

のであるが、実際、プー太郎になる人が優雅に北海道ツーリング? 寝言言ってんじゃないわよ! といわれる危険もあった。しかし、我妻は鬼嫁ではなかったので、太平洋のように広い心とマリアナ海溝のように深い慈悲をお持ちであそばされたのである。「まあ、いいんじゃないの」許可が出たのである。

出たのであるが、会社はすぐに辞められなかった。時期的に9月中に行きたかったのだが、9月いっぱいくらい仕事してけ、この給料ドロボー! と上司に言われてしまい、結局、10月に入ってからの出発となったのである。

のであるが、これは困った。10月の北海道がどんな状況なのか? 8月9月でも寒いのに、10月となるともっと寒い、あるいはかなり寒い、非常に寒いくらいになるであろう。となると、これまでのツーリング経験のノウハウでは、やりきれないのではないだろうか。インターネットで情報を収集すると、やはり、完全冬装備が当然という事だった。となると、荷物も重装備で増える事になる。服装は当然皮ジャン皮パン防寒具もたくさん必要だろう。昼にあったかくなる事もあるだろう。うーむ、困った、この事が頭を悩ませるのであった。

であったため、そんな事ばかり検討する最後の週になっていた。とうぜん、まさしく給料ドロボーな仕事になってたんだろうなあ。まあ、いいか。いろいろ沈思黙考、熟慮に熟慮を重ね、吟味した結果の装備で準備が進められた。そして出発の日が来たのであった。

フェリーは太平洋フェリーを選択した。新日本海フェリーは確かに速いし安いが、敦賀までの高速料金を考えると、割高だし、苫小牧で1泊よけいにする事になるので宿泊料金がもったいないし、時間が深夜だったりして気分的に嫌だったから。ということで、10月2日の日曜日、まっちゃんに夕食のおむすびを作ってもらい、3時半くらいに出発した。途中で少し雨が降ったが、高速道路の下を走っていたのでぬれなかった。5時頃に道に迷う事なく名古屋港に着いた。すでにフェリーは着岸しておあり、5時半から乗船受付も始まった。しかし、バイクは全然いない。壮年の夫婦旅行っぽい人か、仕事っぽい人が数十人、パックツアーが団体でひとつ、乗船手続きをしていた。手続きを済ませると、乗船待ちのところに移動する。そこで、時間があるのでおむすびを食った。お茶を飲んで、乗船の案内を待つ。係の人に「とまですね」と確認されて何の事かわからなかったが、苫小牧の事だった。はいと答えておく。バイクが2台来て、並んだ。7時くらいに乗船が始まった。

乗船すると、船室に移動する。持ち物は最小限にして、まさか皮パンで寝る訳にもいかないのでエドウィンのジーンズを持っていった。2等ザコ寝もしっかり番号でふられていて、そこにいく。まさか、こんなシーズンオフに、ぎゅうぎゅう詰めはないだろうが、それでも一部屋に5人くらい入ってた。満員で15人か20人くらいだから、空いてる方だな。着替えて船内チェックする。そうこうしているうちに出航していた。甲板に出る。2等は甲板のすぐそばなのでラッキーだな。名古屋港の夜景がきれいだったが、船が動いていては撮影できない。それでもシャッターを切ってみたが、天下のニコンもこればかりは無理でした。ぶれぶれ写真だった。

港を出たので寝る事にした。

次の日、朝は曇っていて朝日は見れなかった。朝ご飯の時間になったのでレストランに移動する。太平洋フェリーのレストランはバイキングなので食い放題だ。朝は900円で食い放題。まさしく食い放題。食いまくって昼飯抜いてお金を浮かせる作戦だ。しかし、昔のフェリーに比べると、料理の格段に美味しくなった事。素晴らしいよ。満足して部屋にもどる。一休みしてからお風呂に入った。今日は揺れも少ないのか、フェリーのお風呂によくある波のプールみたいな事にはなっていなかった。出たら酔い止めの薬を念のために飲んでおいた。それから一休みして、ホールでテレビを見たりして時間をつぶした。2時過ぎにピアノの生演奏があるのでそれを聞いた。歌手の人が唄もうたった。夜もやるから見にきてくださいと言われた。

夕方5時頃、予定通り仙台に着いて下船と乗船が行われた。そしたら仙台育英高校の修学旅行の一団が乗船してきたのでやかましい。お前ら、まわりの事も考えんかい。とか何とかいってるうちに出港になった。それから夕食の時間だ。夕食もバイキングで1800円だ。ステーキを食うぞ。意気込んで行って、みんなが取り合いになるステーキをゲットした。そして他にもいろいろかき集めて食った。本当に美味かった。食い終わって出て行く頃に修学旅行生の一団が来て大騒ぎだった。

夜は演奏も聴きに行かずにさっさと寝た。

次の日が上陸の日だ。朝飯をバイキングでしっかり食った。10時半には案内の放送があり、下船の準備をして車両甲板に降りた。

いよいよだ。

次の日へ

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